21、三洋電機北海道特機鰍フ発足
  道内の食品・自販機部門と住設・空調部門が統合されて三洋電機北海道特機鰍ェ設立され中田秀造
氏が初代社長に就任した。特機部門が分社専門体制から総合システム化へと転換された。私は昭和59年
業務課長として札幌に舞戻ることになったが営業部門の内勤業務は大変貴重な経験になりました。
  当時、FEタイプ輻射暖房機の排気関連事故が多発した。原因は排気筒を屋外で逆勾配で横引きした
り曲りを多くしたりして取付マニュアルからかなり逸脱した現場施工に起因していた。ロータリーガス化バー
ナー方式のブルーフレームが売物で急速に拡大していた時期だけに衝撃も大きかった。
  一年程で営業課長として専業代理店の住商第一石油・ガス鰍担当することになった。同社は住友商
事のLPG北海道地区販売会社で全道一円に支店・営業所を設置しており、組織的に有効活用すること
が得策であることから営業担当M常務と取引拡大策について色々な切り口から検討・折衝した。同社にと
って確実に業容拡大に繋がる施策をまとめてM常務名で各店所に通知して頂きました。具体的数値目標
を掲げた多少強引な手法でしたが札幌支店のA支店長と中央支店のF支店長にリーダーシップを発揮し
て頂き店所毎の競争意識を高めるよう仕掛けて行きました。店所毎の各行事(新年会、飲み会など)には
厚かましく参加させて頂きセールス、女子社員(ベテランがいて電話セールスをやってくれる)、配送・工事
担当者まで得意のノミニケーションで理解と協力を仰いだ。担当して半年程で住商第一環境チェーン店
会(SEC)の設立に迄こぎ付け設立総会を開催し木村会長のご挨拶を頂いた時には・・・・営業マンの悦び
を感じておりました。
  GFFの一括納入物件も積極的に対応しました。新築マンションの殆どがLPG焚きGFFをスペックイン
してました。LPG納入業者が設備費・GFFの全てを無償で貸与する方法でLPGの消費量拡大策を展開
してきたのです。業者はイニシャルコスト分をガス代に上乗せして回収する訳ですが結局は入居者が負担
することになります。商品の搬入が夜の8時位から始まります。殆どの現場に立会い安全施工の徹底をお
願いしました。
  千歳空港の隣接地に開設された航空学校(教室や寮など)へ納入した時は住商の工務部が担当して
くれましたが記憶に残る商談でした。主事試験の受験もこの時期でしたが一発合格に向けて特訓(毎朝3
時起床し3時間勉強)した。「誰もやってない努力をすれば願いは成就する」を信念に・・・あの時は体力も
続きました。住設営業部次長から急遽、食品・自販機営業部を担当することになりました。入社当時、冷凍
機や自販機の創業期を担当しておりましたので古巣に戻った思いがしましたがYHさんに支援して頂いた
お陰です。
  事業規模は格段に飛躍しており業界トップシェアーの分野もかなりあり生販一体の成果が現れておりま
した。大型店舗機器(スーパーショーケース)、小型店舗機器(CVS用、小型ショーケース)、プレハブ機器
(冷凍・冷蔵)、厨房機器(業務用冷蔵庫など)、自販機(缶、カップ、食品)の分野で専業メーカーと真っ
向から勝負し各業界との連携も強力に推進されておりました。営業部員も若手が多く札幌大学サッカー部
卒の20代で元気一杯の戦力が待ち構えておりました。その後、数ヶ月後に住設・空調営業部長の岩瀬さ
んが二代目の社長に就任されます。
次回につづく・・・
次回は 2月10日更新予定・・・