10、大阪から北海道
 大阪から東京三洋に戻って、少ない荷物をまとめて札幌のエルム荘あて希望と不安をゴッチャにしなが
ら発送した。途中、帰省の許可を得て2日ほど帰省し変遷激しい事情を親に話をして特急白鳥で青森へ、
初めての青函連絡船のドラの音に「いよいよ北海道に行くんだ」という気持ちになりながら秋田国体には北
海道代表で室蘭工業が出場していた事を思い出しておりました。青森と函館ではホームを大きな荷物を
抱えて一斉に走りだす。座席を確保する為で流れに遅れないよう得意のダッシュ。函館からの座席を確保
しホームで「イカ天そば」を初めて食べた味が最高に美味しかった。以来、函館出張の折には「イカ天そ
ば」をかけ込む事が習慣になっています。函館〜長万部〜倶知安〜小樽〜札幌と約5時間で道都札幌に
到着しました。5月上旬で一斉に春を迎える良い季節でした。
 南大通り西7丁目の事務所に行くと山本所長が迎えてくれました。どんな話を聞いたか覚えておりません
が大阪弁と標準語のゴッチャ語がなんとも云えない元気ムードを感じました。商売のイロハ(基本)から仲人
まで務めて頂いた公私共に大変お世話になった大恩人です。ここで山本所長の思い出話しを少々ご紹
介します・・・・・・・・・・。
 ご本人は良く招待会の宴席などで「明治も遠くなりにけり明治49年(大正5年)生れの山本です」と自己
紹介をされておりました。陸軍士官の軍隊経験者で戦後は株屋(証券会社)や繊維会社に勤め羽振りが
良かったそうで花柳界にも詳しいマルチ人間でした。三洋電機の輪界部門のセールスコンテストで優勝
したことが自慢話の一つで朝駆け夜駆けの粘りと根性を叩き込まれました。
 その一例が
@ 一度、得意先の敷居を股いたら(訪問したら)10円でも良いから必ず注文を貰ってこい。空手で帰っ
  て来るな。
A 得意先に怒られて殴られたら反対のホッペを出せ。涙を流せる演技もセールス技術の一つだ。
B 請求書に計上された金額はどんな理由があっても全額回収して来い。特に回収には厳しくて規定サイ
  トより長い手形を持って帰ると再度回収に行かされました。長くなる理由が当方にあっても規定を曲げ
  ない頑固な一面がありました。工業学校出で小切手、手形(約手・為手)、サイト、印紙、領収書など全
  く商業的な知識の無い私はタダタダ「盲、蛇に怖じず」でヘコタレズ突進する毎日でした。
C 授業料が高かったという隠し芸も沢山教えてくれました。舞台上での十八番が映画「愛染かつら」の主
  題歌として唄われた西條八十(やそ)作詞の「旅の夜風」を面白可笑しく唄いながら小道具を上手に使
  って全身を使って踊るもので正に無形文化財的でした。「花も嵐も踏み越えて、行くが男の生きる道、
  泣いてくれるなホロホロ鳥よ、月の比叡を一人行くう・・・」今でも歌舞伎役者顔負けの演技が脳裏に浮
  かんできます。
  あと一つが「10本の指で世界漫遊」です。独特のイントネーション(言回し)と身振りで「日本、シナ、豪
  州、ニギリス、ノールウェ−、ハメリカ、イタリー、フランス、ヨーロッパ、インド・印度、トールコー」エッチ
  な大人の仕草がとても上手でした。後年、宴会などで流用させて頂き宴席を賑やかに盛上げさせてい
  ただき大喝采を得ました。
D 毎日、アホ・阿ほ・あほ・・・の連続。でも叱り方が大変上手な方でした。
  毎朝、誰かが所長の机の前に立たされて説教されておりました。口癖が「アホヤナー」「アホカー」「あほ
  かいなー」で東北人の私には「馬鹿」よりきつい意味に聞こえる言葉で故郷では真から誹謗中傷する時
  に使うダメージの強い意味合いなのです。馬鹿と言われた方がショックが少なかったのですが・・・。
  早く、アホと言われないようになりたい。
  最初は顔を真っ赤にして叱り、時には涙を流しながら叱りましたが、途中からなだめる様にして含められ
  て・・・・・また頑張れよ・・・で終わります。身体を張った指導でした。
E 血小便出るくらいやってみぃ・・・。従軍時代の厳しい経験から心身共に追い詰められると血小便がで
  るとの事で、血小便が出ない位では頑張ったうちに入らない・・・と。何故か65歳で血小便を体験する
  事になります。
F 日曜日の営業会議・・・今、思えば有難い営業マン講習会でした。飴と鞭の使い方が上手でした。
  当時の休日は日曜日と祭日と年末年始の3日間位でしたから所帯持ちの皆さんには貴重な日曜日だ
  ったようです。ところが日曜日になると午後3時頃まで営業会議をやるのです。独身者には昼飯(カツ
  どん)を喰えるのが魅力でしたが、実は大変に勉強になりました。黒板に綺麗な字で表や項目毎にまと
  めていくのが上手でした。順序良く問題・課題を列挙しながら解決に向けての方策を検討していくOJT
  研修を実践して頂いたと思っております。さすがに2〜3年後には特別な場合を除いて日曜日の会議
  は無くなりましたが、これが癖になって現役時代を通してチョコチョコ出て仕事をしないと落ち着かない
  ようになってしまいました。三つ子の魂、百まで・・・・・ですかね。
G 出張の移動は早朝か夜遅くにするものだ「昼間の大事な時間帯の移動はもったいない。認めない」で
  した。例えば朝7時の急行で函館に行き、夕方5時頃の急行に乗り10時過ぎに札幌に着き、そのまま
  夜行列車で釧路とか北見に行きます。目的地には早朝(4時〜6時頃)着きます。時間調整の方法が
  夫々あり、釧路では仮眠のとれる朝食つきの旅館に行き、函館では谷地頭温泉に行って朝風呂に入
  り、稚内では駅前食堂を2〜3軒はしごする等でした。
  家族的なレクレーションが大好きで石狩浜での
海水浴、滝野などへの炊事遠足、宮の森ガーデ
ンのジンギスカン、所長宅でのマージャンや食事
会(すきやき)など奥さんやお子達にもお世話に
なったりご迷惑をかけたり親戚以上のお付合い
をさせて頂きました。
                   次回につづく
            次回は10月20日更新予定
  滝野アシリベツの滝 (後列右から2人目) (写真をクリック拡大)・・・