元気な先輩・池田與太郎さんに聞く
「年間2000キロのウォーキング」が健康の源
池田 與太郎・・・・
  元気で喜寿を迎える 
 現役時代からイケさん、イケさんと誰からも信頼され
慕われていた池田與太郎さんも定年後17年が経ち
今年の7月で喜寿を迎えた。
年一回の「洋友会麻雀大会」と「歩こう会」で顔を合
わせる池田さんは元気溌剌でどう見てみても77歳
には見えない。「元気ですね〜」と言ったら「いやぁ
〜、トシ相応にアチコチ病気を抱えていて結構タイ
ヘンなんだよ」という。確かに喜寿を迎えてどこも悪
いところが無い人なんかむしろ珍しい。しかし、麻雀
洋友会の歩こう会で西岡公園を歩く
大会で垣間見るあの気迫の源泉はどこかにあるはず・・・と定年後の生き方、過ごし方に迫ってみた。
  ウォーキングで健康を維持
  定年になってまず考えたことは健康のこと。「体に良い事で何をやるか」を考えた。まず運動・・・・しかし、
この頃すでに腰痛の持病を抱えていた。現役時代は同僚とゴルフやボウリングなど結構スポーツに熱中し
た。ある時友人とゴルフを楽しんでいた時バンカーショットで腰をひねってしまった。イテテテッ!「ぎっくり
腰」だ。医者に見てもらったら「池田さん、あんたゴルフは止めた方がいい。たいした上達しないし金がかか
る。おまけに腰に良い事はない」という。その後、顔を洗ったりクシャミをしてもぎっくり腰が再発するようにな
った。そこで医者の言うとおりきっぱりとゴルフはやめた。
  さて運動を始めるといっても腰痛を抱えている。結局、消去法で「歩くこと」を選んだ。
  ちょうど、札幌市共催の「北海道を歩こう」というウォーキング大会が行われていてこれに参加した。今年
で32回を数える由緒あるイベントで札幌から支笏湖まで34キロを往路は歩き、復路はバスで戻ってくる。
軽い気持ちで参加したが不覚にも途中で歩けなくなってしまった。皆は心地よい汗をかきながら軽快に歩
いているのに自分はダウン、恥ずかしかった。
  「普段から歩いて鍛えておかなければダメだ」と考え
ウォーキングを日課にした。継続する為に1ヶ月200キ
ロ、年間2000キロ歩くという目標を設定、日記にその
日歩いた歩数と距離を書き入れた。歩くコースも5通り
設定し雨の日以外は一日10〜15キロ、3時間くらい歩
く。靴にも拘った。「ワールドマーチ」というメーカーのウ
ォーキングシューズを愛用。2万5千円と少し高いが革
製で中敷を取り替えると10年は履ける。昨年は2000
キロを達成、今年は9月現在で1520キロ歩いた。
愛用のウォーキングシューズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  造園業で体を鍛える
  定年になって一年後、道立札幌高等技術専門学校の「造園科」で3ヶ月勉強し造園技能を修得した。
その時の実習が縁で札幌市内の造園会社に就職、塀を作ったりコンクリートの木枠づくり、公園の遊具修
理といった肉体労働を腰をかばいながらやった。朝6時半に出勤して夜は7時頃帰宅する生活は体力づ
くりに役立ったが6年間で退職した。その後、造園の技能を活かして札幌市シルバー人材センターに登録、
庭木の剪定や冬囲いを引受けた。造園の仕事がオフになる中元やお歳暮シーズンにはスーパーの配送
手配の仕事も回ってきた。現在もシルバーセンターに籍はあるが腰痛が怖いので仕事は減らしている。
とにかくボケ防止と健康の為よく働いた。
奥様に感謝
  北見時代、一階が事務所で二階が社宅だった。当時は責任者が二階に住むのが慣例になっていた。
タイヘンなのは奥様だ。社員の食事を作る寮母さんの役目をやっていた。今年道想会の旅行で淡路島の
Sさんに会ったら当時のことを覚えていて「池田さんの奥さんにご飯を食べさせてもらった」と懐かしそうに話
していた。
  北見でも帯広でも札幌でも、よく麻雀をやった。雀荘のおばちゃんとは「ただいま!」「お帰りなさい!」
と挨拶を交わす間柄であった。家でもよくやった。そんな時、奥様はお茶を入れたり食事を作ったり嫌な顔
ひとつせずにお世話をした。麻雀にタバコと酒はつきもの。ねじり鉢巻、一升瓶、タバコの煙。当時はコタツ
に座布団である。腰に良い訳が無い。腰痛はこの頃の不摂生のせいかもしれない。
  麻雀歴は50年、洋友会の麻雀大会でいつも賞品をさらっていくのもうなづける。
  42歳頃、健康診断で引っ掛かり、奥様を伴って精密検査に行った。医者から「タバコを止めなさい」と言
われたのをきっかけに一日20本も吸っていたのをピッタリとやめた。あれやこれやで奥様には随分お世話
になっているようだ。
  意志の強さが健康の源泉
  食事は毎日決まった時間に三食、規則正しく食べる。就寝は8時半〜9時頃。7時起床。テレビは眼に
よくないので長時間は見ない。
  ゴルフをやめた事、ウォーキングの継続、定年後の仕事、禁煙など池田さんが77歳の現在も健康でい
る源は「意志の強さ」だと思う。自分に厳しいのだ。加えて家庭円満、奥様ととても仲がよい。池田さんが麻
雀の話をする時など側で懐かしそうに頷いて笑っている。
  「東京の大学に行っているお孫さんの花嫁姿が楽しみ」と話す池田さんと奥様。
  ここしばらくは洋友会の麻雀大会で賞品を独り占めされそうである。
(レポート 久保洋一)・・・